棚田の米が、毎日の飯になる
川棚町の西部、白岳を背にした丘陵地帯には水田が開けている。その中でも木場地区の棚田は、日本の棚田百選に選ばれた場所だ。私はこの町を『大村湾を臨む農漁村』と見ている。海に面しながらも、山の斜面を活かした農業が町の骨格を作ってきた土地だ。
棚田の米『ひなた米』は、その木場中山間管理組合が育てた品。容量を5kg か10kg から選べるのは、家族の食べ方に合わせるためだ。新米の季節、届いた米を開けると、粒が揃った白さが目に入る。炊飯器に移す時の手の感覚、湯気の立ち方、一杯目の飯の温かさ——こうした日常の所作が、棚田という風景と直結している。

棚田は労働集約的だ。段々に水を張り、草を取り、秋に刈る。機械化しにくい地形だからこそ、丁寧さが米に宿る。この米を毎日の朝食に、弁当に、夜の一杯に使う。そういう『家の食卓への着地』を想定して、容量が選べるようになっているのだと思う。
大村湾の朝獲れが、夜の一皿に
川棚町の南は大村湾。リアス式海岸で、小島が点在する海域だ。シャコやナマコが捕れる湾で、朝獲れの魚介詰め合わせは、その日の漁の顔ぶれをそのまま箱に詰めたものだ。

発送月が選べるというのは、季節の魚が変わることを前提にしている。春から初夏、秋から冬——大村湾の漁は季節で表情が変わる。届いた箱を開けると、氷に包まれた魚たちが、その月の『旬』を教えてくれる。下処理済みというのは、家に帰ってからの手間を減らすためだ。仕事から帰った夜、塩焼きにするか、煮るか、汁にするか——そうした判断を、魚の状態を見ながら決める。その時間が、食卓に温度を持たせる。

小さな町の、積み重ねた風景
川棚町は人口1万3千余りの町だ。合併の話が何度も持ち上がり、その度に町民が選択を重ねてきた。独立を選んだ町だからこそ、自分たちの農業、漁業を守る選択肢が返礼品に反映されている。棚田の米も、朝獲れの魚も、『この町でしか作られない、育たない』ものではない。だが『この町の人たちが、どう食べてきたか』という歴史が、品質と選択肢に刻まれている。
寄付をして、この米と魚が家に届く。それは観光ではなく、台所の現実だ。
