山の中で、鶏を育てる理由
高知県の北部、四国山地の標高1,000メートル級の山々に囲まれた大川村。人口は352人。離島を除く日本の市町村の中で、最も少ない部類だ。かつてこの村は銅山と林業で栄え、1960年代には4,000人を超える人口を抱えていた。だが白滝鉱山の閉鎖、そして1977年の早明浦ダム完成による集落の水没で、村は大きく変わった。
今、この村の産業の中心は第一次産業。農業、畜産業。そして土佐はちきんという地鶏がある。山に囲まれた環境だからこそ、この鶏が育つ。寒暖差のある山間の気候、清らかな水、そうした条件が、肉質の引き締まった地鶏を作る。村の人たちは、この鶏を丁寧に育ててきた。
土佐はちきんの鍋セットは、その地鶏を家の食卓に届ける。冬の夜、鍋を囲む時間。地鶏の出汁が湯気とともに立ち上り、肉の歯ごたえが残る。一羽の鶏が、どれだけの時間をかけて育ったのか。山の村の営みが、その一杯に凝縮されている。

水没した村が、今も生きている
大川村の歴史は、失われたものの歴史でもある。ダム完成時、村役場を含む主要な集落が水に沈んだ。その旧庁舎は、ダム計画への反対の意思を示すために、あえて水没予定地に建てられたという。渇水時には湖底からその建物が姿を現す。村民たちは、その光景を見ながら、今も村を守り続けている。
現在、村民の半数近くが65歳以上。16の集落が点在し、中には1桁台の居住者しかいない集落もある。だが近年、移住者が増え、2015年の調査では過疎指定自治体で全国1位の社会人口増加率(7.1%増)を記録した。村議会選挙にも、地域おこし協力隊の経験者ら新しい世代が立候補するようになった。
土佐はちきんは、そうした村の営みの一つだ。山奥で、少ない人数で、丁寧に育てられた鶏。それを食べることは、この村の今を支えることでもある。
