山また山、その奥の温泉
高知県の東端、室戸岬に近い山々に抱かれた北川村。奈半利川が流れ、魚梁瀬ダムが静かに水をたたえる。この村に入ると、視界は森で満たされる。人口千人余りの小さな村だからこそ、自然と人の距離が近い。
北川村温泉の宿は、そうした山懐に湧く温泉を舞台にしている。ユズの香りが漂う宿という触れ込みだが、これは単なる香料ではない。この村の産業、歴史、風土そのものがユズなのだ。

ユズが育つ地形、ユズが生きる暮らし
北川村は柑橘、とりわけユズの産地として知られている。山がちな地形、適度な湿度、奈半利川がもたらす水——こうした条件が、ユズを育ててきた。村の食品加工業も、ユズを中心に回っている。
宿に泊まるということは、その風土を一晩かけて身体で感じることだ。温泉に浸かり、ユズが香る食卓に向かい、朝目覚める。村の人たちが日々営む暮らしの中に、旅人として静かに入り込む。
山に囲まれた小さな村だからこそ、観光地化されない素朴さが残っている。モネの庭など他の観光スポットも近いが、この宿の価値は『北川村という場所そのものに泊まる』ことにある。ユズの香りは、その場所を言葉にしたものだと思う。
