高津川流域の米作りの現場
吉賀町は島根県の南西端、高津川流域の町だ。私がこの町を見ると、まず思い浮かぶのは大井谷の棚田—日本の棚田百選に選ばれた、山肌に刻まれた水田の風景である。江戸時代には宿場町として栄えた町だが、その後も農業が生活の中心にあり続けた。山が深く、川が清く、人口が少ないからこそ、農業の手間を惜しまない作り手が残っている。
栽培期間中化学肥料・化学農薬不使用のコシヒカリは、そうした風土の中で生まれた米だ。玄米で届く5キロは、精米の手間を家に委ねる選択でもある。届いた時点では茶色い粒のままだが、精米機を通すと白く変わる。その過程を自分の手で経験することで、米がどれほど手をかけられた食べ物かが、初めて腑に落ちる。

化学肥料と化学農薬を使わない栽培は、雑草との付き合い方、病気の予防、土づくりの工夫が全て異なる。棚田という地形は、機械化が難しく、人の目と手が必要な場所だ。その場所で、敢えて化学に頼らない選択をする作り手の判断が、この米の背景にある。
食卓に着地させる
玄米のまま保存すれば、白米より長く香りが保つ。精米は食べる1週間前、あるいは10日前に少量ずつ、という使い方もできる。朝、炊飯器に入れる前に、ざるで軽く研ぐ手の感覚—米粒がざらりと指に当たる感覚—が、毎日の食卓を少し丁寧にしてくれる。
吉賀町の米は、派手な香りや甘さを売りにしていない。むしろ、毎日食べても飽きない、素朴な旨さを持つ。おかずの味を引き立て、朝の味噌汁の具と一緒に食べても、夜の漬物と一緒に食べても、その場所に自然に収まる。そういう米こそが、実は家の食卓で最も長く付き合う食べ物なのだ。
