町の水と米で仕込む
朝日町は三重県で最も面積が小さい町だ。北西部の丘陵と南東部の低地に分かれ、丘陵を挟んで北に員弁川、南に朝明川が流れている。この二つの川が町の骨格をなし、低地には水田が広がる。私はこの町を『水と工業の共存する場所』と見ている。
東芝の工場が立地し、住民の半数が東芝関係者という『東芝の町』でありながら、同時に古い水田地帯でもある。その矛盾の中で、地元の米と水を使った酒造りが続いている。
鉢盛山の純米吟醸無濾過生酒は、この町の水と米の関係を最も直接的に表現する返礼品だ。無濾過生酒という形式は、仕込みから瓶詰めまでの工程を最小限に抑え、米と水と麹菌の仕事をそのまま飲み手に届けるという意思を示している。

小さな町だからこそ続く仕事
朝日町の歴史は古い。1017年には小向に小向御園、埋縄に宇津尾御園があり、伊勢神宮領として機能していた。江戸期には小向が町場化し、文久2年(1862年)には陶器屋、茶屋、旅館が立ち並んでいたという記録がある。島津久光や徳川家茂といった歴史上の人物もこの町を通過した。
1889年の町村制施行で朝日村が発足し、1954年に町制施行して朝日町となった。その後、昭和29年から平成初期にかけて四日市市との合併を何度も勧告されたが、2004年の住民投票で『合併しない』を選択した。人口11070人の小さな町が、単独での町政を続けることを決めたのだ。
こうした選択の中で、地元の米と水を使った酒造りは、町の自立性を象徴する仕事になっている。無濾過生酒という形式は、手間と責任を引き受ける覚悟を示している。瓶詰めから飲み手の手に届くまでの間、酒は生きたまま変化し続ける。その変化を受け入れることは、小さな町が自分たちの選択に責任を持つことと、どこか似ている。
晩酌の時間に、冷えたグラスに注ぐと、微かな炭酸感と米の甘さが立ち上る。生酒特有の香りと、わずかな濁りが、この町の水と米の痕跡を伝える。