犀川が北流する山里で、ブドウが育つ理由
生坂村は長野県東筑摩郡の北西部、犀川が北流する山間の村だ。岩殿山、京ヶ倉といった千メートル前後の山々に囲まれた地形は、昼夜の気温差が大きく、水はけのよい斜面が多い。こうした条件が、ブドウ栽培に適している。
村がブドウの産地化を本格的に推し進めたのは1986年からのこと。巨峰を皮切りに、ナガノパープル、シャインマスカット、シナノスマイルと品種を広げていった。今、村産のブドウには「イクサカラット」という名が付けられている。村の名と宝石のカラットを合わせた造語だ。その名の通り、粒ぞろいで透明感のある実が、秋の食卓に届く。
生坂の巨峰は、9房から13房。3.8キロの箱を開けた時、房ごとの重さと粒の詰まり具合が、その土地の手仕事を物語る。種ありだから、食べる時に種を吐き出す手間がある。その手間こそが、ブドウを食べるという行為を、ゆっくりにしてくれる。

秋口、冷蔵庫から出したばかりの巨峰を、朝食の卓に置く。粒をひとつ摘んで口に入れると、皮の張りと果肉の甘さが一度に来る。冷えた状態で食べるのもよし、常温に戻してから食べるのもよし。家族で房を分け合う時間が、その年の秋の記憶になる。
江戸の名産から、今のブドウへ
この村の農業の歴史は古い。江戸時代、生坂煙草は江戸にもその名が知られた特産品だった。慶長年間に、村内の照明寺の住職が長崎出島のポルトガル商人から種子を取り寄せて栽培を始めたという。その後、養蚕業に押されて衰退したが、山間の村が何度も産業を切り替えながら、農業で生きてきた歴史がある。
ブドウもまた、その延長線上にある。1600年代の煙草から400年近く経った今、同じ土地で育つ果実は、ブドウになった。山の斜面、犀川の水、昼夜の気温差。その条件は変わらない。ただ、そこに向けられる手仕事の内容が、時代とともに変わってきたのだ。
寄付をして届く巨峰は、その積み重ねの一粒一粒である。
