天竜川の段丘が、果樹の町を作った
松川町は細長い。東西約21キロ、南北約6キロ。中央を天竜川が北から南に流れ、その両岸に段丘が形成される。この地形が、梨とぶどう、りんごの栽培を育ててきた。
私がこの町を見ると、まず思うのは「水と傾斜」だ。天竜川と小渋川、片桐松川が流れ、小渋湖や松川湖といった水系が町を潤す。東は伊那山地、西は木曽山脈に挟まれた盆地の中で、昼夜の気温差が大きく、日中の日射が強い。こうした条件が、糖度の高い果実を育てる。
大島地区では古くから梨やりんごが栽培され、上片桐地区でも同じく果樹園が広がる。かつて三州街道が通り、大島宿や片桐宿が栄えた場所だ。その歴史の中で、この町の人たちは果樹と向き合い、季節ごとに手をかけてきた。
選べるぶどう、食卓に着地する喜び
選べる3種ぶどうは、この町の果樹栽培の現在を最も体現する返礼品だと思う。

届いた箱を開けると、季節の香りが立ち上る。1キロか2キロか、あるいは3種を1.5キロずつ詰めたセットか、自分の食べ方に合わせて選べる。定期便という選択肢もある。つまり、秋口から晩秋にかけて、何度も松川の果樹園の季節を家に迎えることができるということだ。
糖度にこだわるという謳い文句は、この町の農家の手間を言い換えたものだ。摘果の時点から、どの房を残すか、どの粒を育てるか。夏の日中、段丘の傾斜地で、ぶどう棚の下で作業する人たちの判断が、食卓に届く一粒の甘さになる。
冷蔵庫で冷やして、そのまま食べる。あるいは、皮ごと食べられる品種なら、朝食のテーブルに置いて、手を伸ばす。秋の日が短くなる中で、ぶどうの季節は、家の食卓に季節の実感をもたらす。
梨とスムージー、町の果実の多面性
訳ありシャインマスカットも、同じ季節の選択肢だ。9月下旬から11月にかけて、白い粒が光るぶどうが届く。「訳あり」という言い方は、市場向けの語だが、実際には、味に変わりはない。形や大きさが規格外というだけで、家の食卓では、その違いは気にならない。むしろ、同じ果実を、より手頃な寄付額で迎えられるという現実的な喜びがある。

一方、フルーツスムージーセットは、この町の果実を別の形で家に届ける。無加糖、無加水、無着色。長野県産の果物を搾り、瓶詰めにしたものだ。朝、冷凍庫から出して、そのまま飲む。あるいは、ヨーグルトに混ぜる。子どもの朝食に、大人の朝の一杯に。果樹の町が、季節の果実を、保存と利便性の形で届ける。
松川町の返礼品は、すべて「この町で育った果実をどう食べるか」という問いに答えている。ぶどうの季節、梨の季節、そしてそれらを加工した形で、年間を通じて、この町の段丘の日射と、天竜川の水が育てた味が、家の食卓に着地する。
