宝達山の麓、米が育つ理由
宝達志水町は能登半島の付け根、口能登に位置する小さな町だ。町の名前そのものが、かつての二つの町——志雄と押水——の合併で生まれた。その中心には宝達山がそびえ、標高637メートルながら、この地域の水と土を決定づけている。
私がこの町を見るとき、まず思うのは「水の町」ということだ。宝達川、前田川、大海川が流れ、複数のダム貯水池が町を潤す。江戸時代、この町の人間たちは「宝達者」と呼ばれ、加賀・能登・越中の堤防や用水路工事に従事した。金山で栄えた時代の後、彼らは土木の技術者として各地に散った。その水を治める知恵が、今も田んぼに生きている。
能登米のコシヒカリは、そうした風土の産物だ。定期便で選べるのは、季節ごとに米を食べ続ける家庭の現実を知っているからだろう。新米の秋から、春先まで。白米か無洗米か、2キロから30キロまで。一度の寄付で複数回、あるいは一度だけ。その柔軟さが、実際の食卓に着地する。炊きたての湯気、冷めた後の粘り、おにぎりにしたときの握り心地。米は毎日のことだから、産地と季節を意識する余裕は少ない。だからこそ、定期的に届く仕組みが、この町を思い出させる。

初夏と秋、いちじくの季節
もう一つ、この町を代表する食べ物がある。いちじくだ。

生の完熟いちじくは、期間限定で届く。300グラムずつ、4パック。初夏と秋、年に二度の旬がある。届いたその日に、あるいは翌日に食べるのが正解だ。いちじくは日持ちしない果実だから、冷蔵庫に入れても三日が限度。だから「期間限定発送」という言葉が、単なる商品説明ではなく、この果実の本質を言い当てている。

皮を剥くと、赤紫の果肉が現れる。種の粒々とした食感、蜜のような甘さ。朝食のテーブルに置けば、それだけで季節が変わる。ヨーグルトに混ぜてもいい。タルトの具にしてもいい。だが最も素朴な食べ方は、そのまま、手で持って、かじることだ。
ドライいちじくもある。こちらは保存がきく。生のいちじくを逃した季節、あるいは常備食として。濃縮された甘さと、噛み応えのある食感。紅茶に浮かべてもいい。
この町でいちじくが育つのは、地形と気候の合致だろう。日本海に近く、山に守られた盆地のような地勢。昼夜の気温差が、果実の甘さを引き出す。宝達山の麓という立地が、単なる観光資源ではなく、食べ物の味を決めている。
米といちじく。この二つが、宝達志水町の食卓への入口だ。
