古都の水田から、令和の米へ
多賀城は奈良時代、陸奥国府が置かれた政治都市だった。その時代、市域の低地では水田稲作が営まれていたという。弥生時代の籾の痕跡を残した土器が出土した地でもある。千年以上前から、この丘陵と低地の間で、人々は米を作り続けてきた。
今、その同じ土地で作られる多賀城産ひとめぼれは、令和7年産の新米だ。ひとめぼれは宮城を代表する品種で、粒が揃い、炊くと白く光る。冷めても硬くなりにくく、弁当に詰めても翌日まで食べやすい。届いた白米を、秋から冬へ向かう食卓に置く。朝の味噌汁の椀に、夜の漬物と一緒に。季節が変わるたびに、この町の水田の営みが、家の食事の中心に戻ってくる。

仙台圏の牛タン、塩仕込みの手仕事
多賀城は仙台都市圏の一角だ。市南部には工業地帯が広がり、仙台港も近い。そうした立地の中で、仙台の食文化—特に牛タン焼きの文化—が自然に根付いている。
厚切り牛タンの塩仕込みは、400グラムが200グラムずつ2パックで届く。塩仕込みというのは、塩漬けにして熟成させた状態を指す。届いたら冷凍庫に入れ、食べたい日の前夜に冷蔵室に移す。解凍したタンは、繊維に沿って厚く切られているから、焼くときに縮みにくく、歯応えが残る。

夏のバーベキュー、秋の家族の食卓、冬の鍋の具材として。塩仕込みなので、焼くときに塩を足す必要がない。網の上で両面をさっと焼き、レモンを絞るだけで、仙台の味が家に立ち上る。二つのパックに分かれているから、一度に使い切らず、季節を通じて何度も食卓に呼び出すことができる。
古代の国府から現在まで、多賀城は仙台圏の一部でありながら、独自の水田の歴史を持つ町だ。その米と、圏域の食文化を代表する牛タンが、家の食卓で出会う。それが、この町からの返礼品の本質だと思う。
