山の寒暖差が肉を作る
嘉麻市は福岡県のほぼ中央、筑豊地域の南に位置する。市域の南部は標高1000メートルを超える筑紫山地が連なり、市の中央を遠賀川が流れる。内陸気候のため寒暖差が激しく、冬には雪が積もることもある。こうした気候条件が、嘉穂牛の赤身ステーキを育てている。

牛は気温の変化に敏感だ。昼夜の寒暖差が大きい土地では、体が季節の変化に適応しようとして、筋肉に厚みが出る。嘉麻の山々に囲まれた牧場では、そうした自然の条件が、赤身肉の旨みを濃くしていく。届いた肉を手に取ると、色が深い。脂肪が少ない分、焼いた時に肉本来の香りが立ち上る。フライパンで塩をふって焼くだけで、その土地の気候が肉に刻まれていることが分かる。
かつての炭鉱都市が、今、畜産の地へ
この町は昭和の中盤まで、筑豊有数の炭鉱都市だった。坑夫たちが働き、人口はピークを迎えた。しかしエネルギー革命によって石炭の需要が急減し、昭和30年代から人口は急速に減少していった。旧山田市では、ピーク時の約4分の1まで人口が落ち込んだという。
今、その山々は別の営みを支えている。牧場が広がり、牛たちが季節の変化の中で育つ。赤身ブロックはローストビーフに、サーロインステーキは焼いて食べる。どれも、この土地の気候と時間が詰まった肉だ。

晩酌の時間に、焼いた肉を皿に盛る。赤身の香りが立ち上り、かみしめると、嘉麻の山々の寒暖差が、肉の旨みとなって口に広がる。それは、この町が失ったものではなく、今この町が育てているものの味だ。
