塩の町が、いま焼鳥を焼く理由
宇多津町は瀬戸内海に面した小さな町だ。かつてここは塩田の町だった。1972年まで広大な塩田が広がり、入浜式の塩づくりが生業だった。その塩田は今、埋め立てられ、新しい町へと生まれ変わった。瀬戸大橋の開通とともに、駅は移設され、高層マンションが立ち並び、商業施設が増えた。
しかし町の記憶は消えない。うたづ臨海公園には復元塩田が残り、塩の歴史を伝える資料館がある。そして今、この町から届く返礼品の一つが、骨なし親鳥の焼鳥だ。

親鳥とは、産卵を終えた鶏のこと。肉は濃い。脂も深い。通常、骨を取り除くのは手間がかかる。だからこそ、この品は職人の手仕事を映している。一口サイズに切られた親鳥の肉は、骨を丁寧に取り除かれ、化学調味料を使わずに焼かれている。
届いた時、パックを開けると、焼き色のついた肉の香りが立ち上る。晩酌の時間に、そのまま温め直して食べるのもいい。あるいは、冷めたまま、白いご飯の上に乗せて、タレをかけて食べるのもいい。親鳥の肉は、加熱しても硬くなりにくい。むしろ、時間をかけて味わうほど、その深さが引き出される。
小さな町の、小さな手仕事
宇多津町は香川県内で最も人口密度が高く、面積も最も小さい。坂出市と丸亀市に挟まれた、わずかな土地に、人々の暮らしが詰まっている。そうした町だからこそ、返礼品も、町の産業や歴史と深く結びついたものが選ばれる。

塩の時代は終わった。だが、その塩を作った手の技術は、別の形で生き続けている。火加減を見極める目、肉を扱う手、味を整える感覚。こうした職人の仕事は、時代が変わっても、町の中で受け継がれていく。
骨なし親鳥の焼鳥は、そうした町の手仕事の一つだ。寄付をすれば、この品が家に届く。台所で温め、食卓に並べ、家族で分け合う。その時間の中に、宇多津町の今と昔が、静かに重なっている。
