城下町の水が、酒になるまで
茨木は、室町時代から城下町として栄えた土地だ。茨木城が築かれ、中川清秀や片桐且元といった城主たちが治めた時代、この町は京都と大坂を結ぶ交通の要衝として、多くの旅人や商人を迎えた。江戸時代には天領となり、参勤交代の大名たちが西国街道を往来した。そうした歴史の中で、この町の水と土地の性質が、酒造りに適した環境を作ってきたのだろう。
北摂山地を源とする安威川、茨木川、勝尾寺川が南北に流れ、北部の山がちな地形から清冽な水が供給される。その水を使い、茨木で生まれた見山の純米吟醸生酒は、仕込みから瓶詰めまで、小さな蔵の手仕事で作られている。生酒だからこそ、搾りたての香りと、米本来の甘みが活きている。冷蔵で届き、冷やして飲む。グラスに注ぐと、かすかに白濁した色合いが、加熱処理を経ていない証だ。

晩酌の時間に、冷えた一杯を傾ける。米の香りが鼻を抜け、口に含むと、ほのかな甘さと酸味のバランスが、食事を引き立てる。城下町の歴史と、北摂の水が一本の瓶に詰まっている。
大阪と京都の間で、静かに続く仕事
茨木市は、大阪市のベッドタウンとしての顔を持ちながらも、北部には豊かな田園地帯が広がっている。1948年の市制施行から、日本専売公社や松下電器産業、サッポロビール、東芝といった大規模工場が進出し、高度成長期を支えた。だが、そうした産業化の波の中でも、地域に根ざした小規模な製造業は、静かに続いてきた。
酒造りもまた、そうした仕事の一つだ。大量生産ではなく、季節ごと、仕込みごとに、水と米と麹菌の関係を読み取りながら進める。見山の蔵人たちは、その営みを今も続けている。寄付を通じて、この町の返礼品として家に届く一本は、城下町の歴史と、現在の茨木を支える職人の手仕事の両方を、静かに物語っている。
