工業都市の、意外な食卓
刈谷は自動車工業の町だ。豊田自動織機、デンソー、アイシン、トヨタ車体——トヨタグループの主要企業が本社を構え、昼間人口比率は123%を超える。朝、工場へ向かう人波で駅は満員になり、夜間は静寂が戻る。そういう町である。
だが江戸時代、刈谷は城下町だった。水野忠政が1533年に刈谷城を築き、背後に入り江を控えた「亀城」と呼ばれた。その後、土井氏が2万3000石で120年余り治めた時代、町人も集まり、太田平右衛門、加藤新右衛門といった大商人が活況を呈していた。
工業化の波に飲まれても、この町の食卓には、そうした商人の時代から続く手仕事の痕跡が残っている。三河風甘口だし醤油「満」は、そのひとつだ。

甘辛さの、地層
三河地方の醤油文化は、濃口醤油の産地として知られる。だが刈谷の食卓では、甘辛い味わいが好まれてきた。煮物に、かけ醤油に、漬物に——砂糖と塩のバランスが、この地の家庭の味を作ってきた。

このだし醤油は、その伝統を現代の台所に届ける。300ml×4本という量は、一家族が季節を通じて使い切る分量だ。冷凍保存されているため、開封後も風味が変わらない。晩秋から冬へ、鍋の季節に一本。春先の筍の煮物に一本。夏の冷奴に一本。そして秋口の煮込みに一本。
届いた時点で既に冷凍されているので、冷蔵庫の奥に置いておき、使う日の朝に冷蔵室へ移す。解凍に時間をかけることで、だしの香りが立つ。小鉢に注いで、白いご飯にかけるだけで、その日の食卓が整う。甘さと塩辛さが、米の甘みを引き出す。
工業都市の、意外な奥行き。それがこの一本に詰まっている。