山が折り重なる地形が、湯を生む
下仁田に入ると、まず山の密度に圧倒される。町の面積の84%が山林。東西17.5km、南北10.25kmの小さな町を、妙義山、荒船山、物見山といった1000m超の峰々が取り囲んでいる。長野県との県境まで、山は途切れない。
こうした地形が、地下深くから湯を押し上げる。下仁田温泉は、その山々の褶曲が生んだ恵みだ。鏑川、横瀬川、栗山川といった複数の河川が町を流れ、山からの水が絶えず地層を通す。その過程で、地熱に温められた水が湯となって湧く。
下仁田温泉清流荘の一泊は、その地形の恩恵を、身体で受け取る時間だ。平日の夜、山に囲まれた宿で、二食の食卓に着く。朝目覚めると、窓の外は妙義の稜線。湯に浸かりながら、この町がどのような地層の上に成り立っているのかが、静かに伝わってくる。

宿場町の記憶と、現在の暮らし
下仁田は江戸時代、中山道脇往還の宿場町として栄えた。本宿、下小坂といった地区が旅人を迎え、西牧関所が置かれていた。1864年には、天狗党の軍勢が高崎藩兵と戦った下仁田戦争の舞台にもなっている。

今、この町に寄付して温泉宿に泊まることは、そうした歴史の層の上に、現在の暮らしを重ねることでもある。町は人口6000余りの小さな町だが、下仁田ネギ、こんにゃくといった特産品を守り、妙義荒船佐久高原国定公園の一部として、山の風景を保ち続けている。
湯に浸かる時間は、そうした町の営みを、間接的に支える行為でもある。
