泥湿地から、米の町へ
野木町は長く『陸の孤島』と呼ばれていた。江戸期には日光街道の野木宿として栄えたが、領域全体が泥湿地で、人口の集積は難しかった。東北本線の野木駅ができたのは1963年。同線の中でも歴史が浅い。
しかし、その泥湿地こそが、米を育てた。思川が町の西側を流れ、渡良瀬遊水地が南西に広がる。水が豊かな土地だからこそ、稲作は深く根付いた。1980年代にローズタウンの分譲が始まり、東京への通勤者が増えても、農業は町の骨格のままだ。
野木町のコシヒカリは、その歴史の上に成り立っている。無洗米で届くから、研ぐ手間がない。朝、炊飯器に入れて、夜には食卓に。定期便で隔月に届く仕組みは、家の米びつの減り方に合わせて、自然と補充される。

毎日の米を、選ぶ理由
返礼品の選択肢は、時に華やかさで目を引く。だが、毎日食べるものほど、その土地の風土が映る。野木町の米は、派手ではない。だからこそ、毎朝毎晩、その町の水と土が、家の食卓に着地する。
無洗米という形態も、現代の台所の現実に寄り添っている。仕事の朝、子どもの弁当を詰める時間帯に、研ぐ手間は省きたい。その小さな時間の積み重ねが、一年で何時間になるか。寄付という選択が、日々の暮らしを少し楽にする。
5kg、10kg、20kgの選択肢があり、家族の人数や保存スペースに合わせて選べる。隔月の定期便なら、新しい米が常に家にある状態が続く。古い米を使い切ってから新しいものが届く、その間隔が心地よい。
野木町は、東京圏に属しながらも、農業を手放さなかった町だ。その選択が、毎月、白い米粒となって家に届く。
