山の町が米を作る理由
住田町は、四方を標高600~1300メートルの山に囲まれた町だ。森林面積が総面積の約90%を占め、「森林・林業日本一の町」を掲げている。気仙スギのブランド化に取り組み、産直住宅の販売も手がけてきた。そういう町が、なぜ米を返礼品の顔にするのか。
答えは地形にある。四方を山に囲まれながらも、気仙川とその支流沿いに集落と農耕地が集中している。寒暖の差が大きく、降雪量が多い大陸性気候。冬は-10℃を下回る日も数日ある。そうした厳しい環境で、米作りは町の人たちの営みの中心の一つだ。林業と農業が、この町の両輪なのだ。
敏郎俺の米は、そうした土地で作られたひとめぼれ。10キロ、2025年産の精米が届く。ひとめぼれは、冷めてもおいしいと言われる品種だ。朝炊いたご飯が、昼の弁当でも、夜の冷や飯でも、その味わいを保つ。山の町の、忙しい日々の食卓に合う米だ。

届いた米を、どう食べるか
10キロの米が家に着いたら、まず保存を考える。気仙川沿いの町は、冬の降雪が多い。米びつに移すなら、湿度と温度の変化が少ない冷暗所を選ぶ。毎日の炊飯で、白い粒が立つご飯が食卓に上がる。
ひとめぼれの粒は、やや小ぶりで、炊き上がりは白く艶がある。朝食の一杯、昼の弁当、夜の一膳。季節が移ろい、冬から春へ、春から夏へと進む中で、この米は毎日の基盤になる。冷めてもおいしいという特性は、温かいご飯を食べる時間がない朝や、弁当を持って出かける日に、静かに力を発揮する。
銀河のしずくも、同じ岩手県産の精米だ。5キロ単位で、試しやすい量だ。二つの品種を食べ比べることで、同じ岩手の米でも、土地や作り手によって微かに異なる味わいを感じることができる。

林業の町が、米を作り続ける意味
住田町の産業は、林業が中心だ。だが、気仙川沿いの平坦地で、代々米を作ってきた農家がいる。その営みは、町の歴史そのものだ。1955年に世田米町、上有住村、下有住村が合併して住田町になった時、三つの地域の名前から一文字ずつ取った地名が、今も町を呼んでいる。その地名の背景には、それぞれの地域で営まれてきた農業と林業の営みがある。
米を食べることは、その町の土地と季節と、そこで働く人たちの手を、自分の食卓に招くことだ。寒冷地の米は、厳しい環境で育つからこそ、粒が引き締まり、味わいが深い。朝の一杯、弁当の一握り、夜の一膳。毎日の米を、この町から取り寄せることで、北上高地の南部、気仙川沿いの町の営みが、自分の家の台所に着地する。
