塩辛を握る手の時間
積丹町の漁港に着くと、まず海の色に驚く。「積丹ブルー」と呼ばれるその青さは、神威岬の断崖絶壁を背景に、日本海の深さを映している。この町はウニの産地として知られているが、私が注目したのは、その脇役として静かに作られ続けている 塩辛 だ。

老舗の手作りシリーズという触れ込みだが、「老舗」という言葉は簡単に使うべきではない。ここで言う老舗とは、漁港の片隅で、毎日同じ手順で塩辛を仕込む事業者の、積み重ねた年月のことだ。つぶ貝を塩漬けにする。その塩加減、塩の質、塩漬けの期間——これらは数字では測れない。作り手の経験と、その土地の海が教えてくれるものだ。
一個160グラム。これは食卓に着地する大きさだ。晩酌の時、白いご飯の上に乗せる。塩辛い、だが後に来る貝の甘さ。日本海で育ったつぶ貝の身の質感が、塩の中で引き出される。冷蔵庫から出して、そのまま食べてもいい。酒の肴として、ご飯のおかずとして、この町の漁港の仕事が、家の食卓に直結する。
地酒の蒸溜、小さな町の試み
同じ積丹の海を眺める場所で、別の仕事が始まっている。火の帆という地酒 だ。

人口2000人に満たない町で、蒸溜酒を作る。これは観光資源ではなく、実務だ。北海道の後志地域で、小規模な醸造・蒸溜の事業者が、地元の水と、その土地の気候を使って、酒を仕込む。100ミリリットルという小さな瓶は、試飲のサイズではなく、毎晩の晩酌に、ちょうどいい量だ。
積丹の冬は厳しい。雪が積もり、風が強い。その気候の中で、酒は熟成される。蒸溜酒は、時間をかけて、その土地の空気を吸い込む。火の帆という名前は、漁火を思わせる。夜間、漁船の灯りが海を照らす光景は、この町の生業そのものだ。
ジンの500ミリリットル瓶 もある。より大きく、より長く付き合える酒だ。ジンは、ボタニカルの香りが命だ。積丹の海風、その塩気、そして山の香りが、どう蒸溜酒に入り込むのか。それは、飲み手が確かめるしかない。
旅と、食卓の両立
美国旅館組合の宿泊補助券 も、この町の顔だ。神威岬を見に来た人が、一泊する。その夜、宿の食卓に塩辛が出るかもしれない。朝、地酒を飲むかもしれない。旅は、返礼品の終わりではなく、始まりだ。
積丹に寄付する。塩辛が届く。それを食べる。その味わいの中に、日本海の漁港の仕事が、確かに存在する。それが、この町の返礼品の本質だと、私は考える。
